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第六話 魔術師の求婚の行方

Author: 紡里
last update publish date: 2026-07-27 13:43:38

マールトン・ヘーデルヴァーリは、愚かな男だった。

宝の持ち腐れとは、ああいうのを言うのだろう。

イロナは輝く魔石のようだ。

ヘーデルヴァーリ家の家宝の「時戻りの魔道具」だって、僕に活用されて嬉しいだろうさ。

……といっても、何回も使えるような代物じゃない。

マールトンから採取した血液も、奴の寿命も有限だ。

魔道具を分解して解析するか。それとも、また使いたくなったときのために温存しておくか。

悩ましいところだ。

そもそも、あの男が息絶えてしまったら、瓶に保管してある血液が残っていても魔道具は使えなくなるのだろうか。

それから、あの魔道具が反応する「血縁」というのは直系だけなのか。

分家でも反応するとしたら、どこまで有効範囲なのか。

そういう疑問を、気軽に実験できないのが悩ましいところだ。

古代の魔道具は、わからない部分が多すぎる。

「寿命を代償にする」というのも古文書に書いてあっただけだ。検証する方法などない。

僕があの魔道具を所有していると知られるのもまずい。

譲渡されたわけじゃない。僕は、歴とした窃盗犯だからな。

実は、爵位を得るための資金作りで、あの魔道具を一度使ってしまった。

子爵家の令嬢に釣り合うためには、揃えなければならないものがたくさんあったんだ。

けれど、もし……もう一度そんな使い方をしたら。

僕は坂を転げ落ちるように、魔道具に依存し、使い続けるようになるだろう。

そうやって、魔道具の誘惑に負け、自滅する人間を何人も見てきた。

これからは、己の自制心との闘いだ。

便利なものほど、使い方を誤れば身を滅ぼす。

それから――前回と同じなら、彼女の家は二年後に銀鉱山を掘り当てるはずだ。

確か、お義兄にいさんが深い土の中の成分も分析できる魔道具を発明する。

試しに領地を調べたら、銀鉱山があったというわけだ。

僕は、その富のおこぼれに預かりたいわけじゃない。

彼女を大切にして、彼女の実家とも良好な関係を築いておきたい。

本当に困ったときに、助けてもらえる程度の関係でいい。

理想は、僕の魔道具の店が順調で、お金に困らず穏やかな家庭を築けることだけどね。

彼女の家族に認められるよう、功績をアピールして貴族の末席に名を連ねることができた。

そして僕はついに、彼女に求愛することを許された。

事前に、爵位をもらえたらチャンスをくれと、彼女の父親には打診しておいた。

だって、その前に他の男と婚約されたら困るだろ。

あとは、全力で口説くのみ。

といっても、情に篤いイロナのことだ。

頻繁に顔を合わせていれば、うなずいてくれるだろうと楽観している。

現に、求婚の返事はもらえていないものの、定期的にお茶をするようになった。

魔道具が壊れたから……なんて理由を作る必要もない。

顔馴染みになったメイドが僕の顔色を観察し、スープを出すかカーヒーコーヒーにするかをイロナに相談する。そんな習慣もできた。

今日はどうやら合格をもらえたらしい。

ローテーブルに、カーヒーが置かれた。

それに、棒状に巻いたクレープが添えられた。

ジャム入りとカッテージチーズ入りの二種類が用意されている。

魔導爵は一代限りの貴族だから、もう少し功績を挙げて男爵になる。それが次の目標だ――そんな話をした。

頑張るから、期待してほしい。

だから、僕を選んでくれとアピールする。

「爵位にこだわって自滅した人を見ているんだから、わたくしは別に……そこを重要視はしないわ。

 一度死んで、おまけの人生だと思えば、大抵のことは気にならないものよ」

少し呆れたように、イロナは肩をすくめた。

僕は調子に乗って、語りすぎたかもしれない。

「それより、一緒にいる時間が長い方がいいんですけど」

そう言ったイロナは真っ赤になって、そっぽを向いてしまった。

なにこれ。可愛い。

もう、承諾しているのと同じだよね?

僕はソファから立ち上がると、テーブルを回り込んでイロナに抱きついた。

「ありがとう! 大切にするから!」

「魔道具に夢中になって、子どもを放置するとか駄目なのよ? お父様とお母様みたいになりたくないの。わかってる?」

「うん、努力する」

「約束するとは言わないのね?」

「……」

黙っていたら、ごまかせないかなぁ……。

でも、言ってることは、「好きだから、ずっと一緒にいたい」ってことだよね。

あ~、可愛い。

どんな可憐な女性だって、夫や婚約者が頼りなければ、口うるさくもなるだろう。

可愛いままでなんて、いられないから。

浮気相手だったカタリンとの結婚生活が息苦しくなったから、巻き戻ってイロナとやり直したいなんて。

感情的にわめく女を捨てて、理屈っぽく小言が多いと嫌った女を、今度は取り戻したい?

マールトンは、そんな自分の都合だけを考えて、見捨てられた馬鹿野郎だ。

どちらの女性も大切にしなかったお前が悪い。

共に歩もうとしなければ、優しい顔など見せてもらえなくて当然だ。

マールトンは、自分が女性にけわしい顔をさせていたことに、いつか気がつくだろうか。

ぎゅうっと僕の宝物になった彼女を、抱きしめる。

イロナは僕をベリッと引き剥がし、「侍女が見ています。お座りなさい」と命令した。

「ごめんね」

そう言いながら、緩む口元をどうにもできない。

彼女は耳まで赤くしている。

侍女はぷるぷる震えつつ、生暖かい目で見守ってくれている。

大人しく自分の席に戻りながら、僕は思う。

マールトンが大事にせず、手放した幸せがここにある。

彼が取り戻したかったのは、こんな心安らぐ時間だったのだろう。

けれど、彼がそれを味わえるチャンスは、もう二度と訪れない。

裁判でどんな判決が下されるのかは、わからない。だが、無罪になることはないだろう。

毒薬の元となる草が、自室で発見されてしまったのだから。それについては冤罪だが、カタリンとの浮気と、妊娠させたことは事実だ。

殺人幇助の疑いを覆すのは、厳しいに違いない。

それから、相変わらずイロナへの愛を訴え、禁術で時を戻したと主張しているらしい。

禁術など使っていないと言えば、罪はぐっと軽くなるだろうに。

そうしないのは――それ以外に、イロナの心を動かせる当てがないのだろう。

本音を言えば、あの日、イロナをカタリンのヴァッシュ家まで行かせたくなかった。

無理矢理毒を飲まされたらどうするんだと、イロナを詰問してしまった。

イロナを責めたいわけじゃない。

ただ、怖かったのだ。

僕は、イロナを危険な目に遭わせたくない。

前回殺された日に、殺された場所に行くなんて、危険すぎる。

失いたくない。

そう思ったとき、自分の気持ちに気がついた。

イロナ本人に会った回数は数えるほどでも、巻き戻る前から彼女の情報を集めていた。

だから、僕の中では、ずっと前から知り合いだったような懐かしさがあったんだ。

少なくとも、僕にとっては··じゃない。

一度、自分の気持ちを自覚してしまえば、後は邪魔者を排除するだけだった。

上手く排除できたから、僕は今こうして、セーケイ家でカーヒーを飲んでいる。

僕の予想では、禁術に関わったマールトンと、禁制品を使用したヴァッシュ男爵――この二人は魔術研究所のモルモットにされるだろう。

殺人未遂のカタリンは、終身の労役刑といったところか。あの毒薬の入手ルートが、罪を重くしている。

ヴァッシュ男爵家は、取り潰しになった。新興貴族だから、消えたところで大した影響はない。

これで、イロナを苦しめた者たちは、一掃される。

二度と、彼女に近付けるものか。

もし、刑が軽くて、釈放されるようなら――出てきた瞬間に抹殺してやる。

マールトンのヘーデルヴァーリ家は、家宝の一覧を提出させられ、禁術に関係するものを没収された。

爵位も伯爵から子爵に落とされた。

マールトンが見下していた「子爵」だ。

もう、あいつがイロナを馬鹿にして、自分の方が偉いと主張する根拠はなくなった。

……いや。

僕と結婚したら一代限りの魔術爵だ。またイロナの方が格下になってしまう。

早く爵位をあげないと。

でも、そうしたらイロナとの時間が少なくなる。

さっき、彼女に言われたじゃないか。

爵位より、一緒にいる時間の方が大切だと。

くぅぅ、堪らないな。

はあ、幸せだ。

「気軽にリセットしようとして、手に持っていたものをすべて捨てた愚か者。

 価値あるものは、僕が拾ってあげたよ」

僕は巻いたクレープを口に入れる直前に、つぶやいた。

「ん? ガーボル卿、何かおっしゃって?」

イロナがカーヒーカップを置いてこちらを見る。

「いや、この後、お義父ちち上にご挨拶に行こう。いい返事がもらえたから、婚約させてくださいって」

「そ、そうね。カーヒーをじっくり味わってから……ね」

イロナは、甘いメランジェをたっぷりとカーヒーに加えた。

溶けていく様子に意識を集中しようとしている。

淹れたてではなく、少し時間が経ったカーヒーだから、溶けるのもゆっくりだ。

カタリンに毒入りメランジェを飲まされた心の傷も、癒えてきているのだろう。

冷静に振る舞おうとしている様子が、愛おしいと思う。

これからは遠慮せずに、近づいていい。

それが、僕はとても嬉しい。

「あの、そんなに見つめないで……」

僕を意識して、ドギマギしているのだろうか。

「どうして? 何がだめなのかな?」

イタズラ心が芽生えた。顔を近付け、彼女の目をのぞき込む。

イロナは目を潤ませながら顔を背け、のけぞるようにして距離を取ろうとした。

その腕を取って、口づけしたい。そんな衝動を、どうにか堪えた。

――まだ、少しだけ早いぞ。

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